KOBUKURO.com コブクロドットコム

  • Facebookボタン
  • Facebookボタン
  • LINEボタン
  • メルマガ登録はこちら
  • サポート
    • 利用上の注意
    • Team Kobukuroとは
    • Club kobukuroとは
    • Class kobukuroとは
    • FAQ・お問い合わせ
  • ホーム
  • ニュース
  • ライブ
  • メディア
  • ディスコグラフィー
  • プロフィール
  • ヒストリー
  • 掲示板
  • レポート
  • ショップ

KOBUKURO.comをご利用いただくには、下記の環境が必要となります。
Windows:Internet Explorer 7.0以上 / Firefox 3.0以上 Macintosh:Safari 3.x以上

history

社長コラム archive 坂田美之助 (株)ミノスケ オフィス・コブクロ社長

ここでは、コブクロと事務所社長である坂田美之助の出会いやデビュー前のエピソードを、当時の社長コラムを通じて紹介いたします。

※現在はTeam Kobukuroの「コブクログ」にて、社長ブログを掲載していますので是非ご覧ください。

社長コラム Vol.1 「ファンのボスより」

2002.01.04 掲載

あけましておめでとうございます。

昨年は、みなさまのおかげで、コブクロをメジャーデビューさせていただき、本当にありがとうございました。
あっという間に通り過ぎた1年で、ファンのボスとして、音楽業界について日々勉強の毎日でした。

デビューの年は、なんとか関西の皆さんに感謝の気持ちを返せないかと思い、秋口より、今回のカウントダウンライブの企画を始めました。 「できうれば、このライブをファンの皆さんとともに作ることはできないだろうか」「みんなでコブクロを育ててきたのだから、デビューの年のカウントダウンは、ぜひみんなで作り上げたい」という思いを、 主催の朝日新聞社さまに、投げかけたところ、この主旨をご理解いただき、朝日新聞本社内に「カウントダウン何かお手伝いしたいコーナー」を作っていただきました。 こうして、主催者様、オフィス、ファンの皆さんの全員が、同じ目線で作るカウントダウンイベントができました。みんなで作りあげたからこそ、すばらしいカウントダウンとなったのではないでしょうか。

ご協力いただいた皆さん、本当にありがとうございました。

★コブクロファンの原点〜50人LIVEの精神〜会館自主興行について

さて、カウントダウンライブは、1万人というファンに囲まれたすばらしいライブとなりました。メジャーの世界に行くと、大きい会場でのライブばかりになりがちです。 しかし、ボスは、あえて、何とか50人ライブに代わるものが全国でできないだろうかと考えております。しかしながら、地方会館でのライブをオフィスが主催して、全国をまわるというのは、 負担が大きく、実現は難しいと悩んでおりました。そんなとき、ある地方会館から、「コブクロにぜひ来てほしい」という依頼が届きました。業界では、このライブのことを会館自主興行というらしいです。

この会館は、「会館友の会」の構成で自主公演を開いていらっしゃる会館です。友の会のアンケートにより、コブクロを呼びたいという希望があったとのこと。 ゆえに、この公演は、会館が主体となり、友の会のメンバー、並びに、その地方の一般の方々を中心に公演をしたいというお申し出をいただいたのです。 このとき、インディーズ時代の50人ライブがボスの頭をよぎりました。

この会館自主興行を全国50人ライブとしたいとボスは考えています。
本来、50人ライブは、主催者が中心となって行うシークレットライブでもありますので、地元の方に楽しんでいただきたいという会館の主旨を尊重し、 オフィス、並びにHPにての公開はしないでおきたいと考えます。(会館の要請があれば、この限りではございません)
どうか、ご理解いただけますようお願い申し上げます。

もしかすると、皆さんの身近な場所での会館自主興行があるかもしれませんので、各地区での情報を独自でお調べいただきますように、お願いいたします。

また今後も、皆さんの地区での会館自主興行が開かれますように、心からお願い申し上げます。

以上

2002年1月4日 ファンのボス 坂田美之助

(注:上記のような会館自主興行については現在のところ行っておりません。)

続きを見る

社長コラム Vol.2 「コブクロとの出会い」

2002.01.18 掲載

4年前の12月、TVゲーム業界の忘年会の帰り、たまたま心斎橋でストリートライブをしているミュージシャンの歌声に一瞬足を止め、聞き入りました。

僕は、音楽には実はまったく興味がなく、車を買ったら、車のCD10連装のボックス用にCDを10枚一度に買って、次に車を買い換えるまで、そのまま入れ替えることのない、言えば音楽おんちでした。まして、ストリートミュージシャンの歌声に足を止めるなど、今までには無かったことだし、「みんな楽しんでるなぁ〜」くらいにしか思っていませんでした。そんな僕がそのとき足を止めたなんて、今でも信じられないくらいです。

一生懸命歌う二人を見て、「がんばってるな〜!!」などと思いながら5分ほど聴いて、自分の車を取りに駐車場に向かいました。

さて、ここからがなぜなのか?今でもわからない行動をしたのです。僕は、駐車場から引き返して、また彼らの元に戻りました。そして、30分ほど彼らの歌を聴き、なにげに、「会社のTVゲーム新作展示会で歌ってくれないか」と彼らに話したのです。二人に名刺を渡し、彼らが作ったデモテープを買いました。

帰宅する途中、車の中でそのテープを聴こうと思い、デッキにセットしました。しかし、そのデモテープというものは、音量・音質が最悪で、彼らの実際の曲とはかけ離れたものだったということは、今でも覚えています。

二人の印象は、今振り返ってもあまり覚えていないのです。ただ、声量と歌の切れを感じました。

クロチャンの身長も、そんなに大きいとは思わなかったのだと思います。そのときの彼らの曲は、なぜか?僕が学生時代にバンドをしていたころをなつかしく思い出させてくれたのでした。

これが出会い。運命の出会いとはまったくというほど何気ないものでした。

続きを見る

社長コラム Vol.3 「再会(出会いから2ヶ月)」

2002.01.31 掲載

約束どおり、TVゲームのメーカー新作展示会に来てもらうためにコブクロに連絡をとりました。

僕が電話をする前日、二人はちょうど僕のことを話していたらしいのです。出会ったときに渡した僕の名刺が、楽譜ファイルの間から出てきて、「確か、この人、『イベントにきてくれないか?』って言ってたなぁ。 だけど、連絡が無いなぁ。一度電話してみようか」と話していたところだったとのこと。

名刺はいつもなら名刺入れに入れているのが、その名刺だけが、なぜか、楽譜ファイルに入ってたんですよー。と二人の話。「このやろう!!うまい話をするやつらだ」と思いつつ、 ニコリ!!とした僕があったような気がします。

そして、数日後、難波のサウスタワーホテルのロビーで二人と会い、イベントの打ち合わせをしました。このとき、なぜ僕は自分の会社の説明を一生懸命したのだろう?と未だに思います。

二人からOK!をもらった僕は、マイクにマイクスタンド、スピーカーと、二人が歌うのに必要な音響設備の準備にとりかかりました。そして、ミノスケTVゲームメーカー新作展示会の日がやってきました。

当日はあいにくの天候で、雨と風がひどく、その上寒い!と最悪の状況の中、二人はぼろぼろのバン(車)で和歌山のミノスケ国体本部店へとやってきました。二人が国体店を見るのも、もちろんこれが初めてでした。

黒田談「社長に対する印象は?」

まず、電話をくれたことでちゃんとした方だと思いました。そして、会ってみると、怪しい人!(笑)

でも、実際に会社の説明などを一生懸命してくださる姿を見て、社長自身に興味を持ちました。
思いっきり半信半疑でした!(笑)

話を聞けば聞くほど真実味が無くなる。ゲーム業界なんてはたけ違いの人がどうして?

しかも、そのとき会った社長の格好が、色付きめがねでちょっとカジュアル。うさんくさい!と思いました(笑)

続きを見る

社長コラム Vol.4 「3度目の再会」

2002.02.14 掲載

その日は、TVゲームメーカー新作展示会で、本当はたくさん人が集まってくる予定でした。しかし、強風と雨、寒さと悪条件が3つも重なってしまいました。最悪の天候!!人もまばらだし、お客様に歌を聞いてもらうのも申し訳ないような状況の中、二人のライブが始まりました。

そんな中でも、二人は一生懸命歌い、がんばってくれたのです。このとき、どこで聞いたのか、ファンが8人来てくださっていたことを覚えていま
す。わざわざ来てくださったファンの方に歌い終わった後、1つのテントでコブクロ交流会をやりました。

その後、遅刻してきたファン二人組があわただしくやってきました。ファンの二人は、なんとしてもコブクロの歌を聞きたいと懇願。コブクロは遅刻組みの二人の為に1曲だけ「君といたいのに」を店内で歌いました。その二人のファンはとても感激していたことを今でも覚えています。

本部店のマンガ喫茶の一部を二人の控え室として区切り、そこで休憩をしてもらった後、ミノスケ本部に行きいろいろと話し合いました。その時、クロチャンが僕に厚い名刺の束を見せたのです。それは「デビューさせてやるとか」「二人に歌ってもらいたいとか」自称、音楽関係者からもらった名刺でした。

「今まで騙されてばかりで、『歌わさせてやる』と言われて行ってみると、ライブハウスの店の余興代わりにされたり、待ち合わせに行ったら相手が来なかったりとそんな話ばかりです」と二人は僕につぶやきました。

じゃ!!僕にできる範囲で何かしましょうと言ってしまった。
この言葉が、二人と僕の苦難の始まりのスタートでした・・・。

コブクロ談「当日の感想は?」

会社を実際見るまで、やっぱりまだ信用できなかった。お互いに、「絶対サイン(契約書にハンコを押すこと)はせんとこな」って言ってました(笑)

でも行ってびっくり!めっちゃでっかい会社やった!

当日、マイク片手に一生懸命僕らのことを説明してくれる社長を見て、「なんでここまでやってくれるんだろう???」ってすごく感激しました。アマチュアやのに、プロとして扱ってくれた。こんなにやってくれるのを見て、嬉しいのと同時に気持ちが引き締まりました。

続きを見る

社長コラム Vol.5 「一人で悩む日々の情けなさ」

2002.05.25 掲載

さて、出来るだけの事はすると約束したものの、何をどうやっていいのか?二人を応援するとは?ただ、頭の中で毎日考える日々が続いた。音楽業界のことなど知るすべもなく、知り合いがいるわけでもない。 レコード(CD)メーカーさんの名前すら知らず、簡単に「じゃ、僕の出来る範囲で応援する」と言ってしまったものの、いったい僕一人に何ができるのだろうか?

悩みながら、そのヒントすらなく、日々が過ぎ、気持ちはあせるばかり。
応援すると言ったのに、こんなことでは僕の責任はどうなるのだ?と何か自分を責めているようで、これではいけないと思いながらもその切り口すらも何も見えず。悶々とした日々が過ぎるばかりだった。

そこで、もっと冷静に、今すぐ始められることは何なのかを考えた。
二人の行動パターンはどうなのか。
ストリートはどういう状態なのか。
現実に戻り、とりあえず今は、一歩一歩をどう進むのかを考え、また二人の特徴!長所!短所!を研究し始めた。二人には内緒で、隠れるようにしてストリートを見に行ったりもした。
ファンは二人をどう思っているのか?ファンの人たちみんなは力を貸してくれるのだろうか?
彼らの置かれている状況や様々なことを冷静に分析した。

社長業の傍らで、僕が二人と行動を共に出来るのは、夜と、土曜日曜祝祭日しかない。彼ら二人だけで出来る事、僕と三人でしか出来ない事などを考えていく中で、二人に何をしてもらい、僕は何をするか、少しずつ見えてきたものがあった。 しかし、やはり一人では出来ることにも限界がある。ファンのみんなに何か具体的に手伝ってもらえることはないかを考えた。

ただ、その前に、僕が気になっていた事がひとつあった。
それは、あの日、路上で二人から買ったデモテープだった。音質が悪すぎて、せっかくいい歌を歌っているのに、それが台無しである。これでは彼らの良さは伝わらないと思い始めた。そして、映像も必要かな?と・・・

そうだ!二人の良さがわかる、CDとプロモーションビデオを作ろう!
しかし、どうすればCDは作れるんだろう?
プロモーションビデオ?
いったいお金はどれぐらいかかっるんだろう?
素人の僕には わからない事ばかりで、またも研究をするはめとなった。

悩み悩んだすえ!!そうだ!清水 興を探そう!!清水に、まずは 二人に会ってもらって、相談に乗ってもらおう!こうして、僕の中学の後輩である清水興探しが始まった。

清水興 プロフィール
80年代に NANIWA EXPRESS、90年代に HUMAN SOULそしてBAND of PLEASUREを底辺から支えてきた、日本屈指のグルーヴ・ベーシスト。骨太のサウンドにスリルあふれるスピード感は、あたかもラバーバンドのように伸縮しながら、 聴くものをグルーヴの世界へ誘(いざな)う。その評価は国内のみならず、世代を越えて広く海外のミュージシャンにも認められている。特にドラマーからの評価は高く、 JamesGadson、Bernard Purdie、Dennis Chambersらと数多くの共演盤を残している。

現在は土岐英史(sax)※注1やKANKAWA(organ)のプロデューサー/ベーシストとして活躍する傍らコブクロのライヴでの音楽監督※注1も務める。

02年夏からはいよいよNANIWA EXPRESSも活動を再開しその活動はますます多岐にわたっている。

http://www.j-welnet.com/DrKo/

※注1:インディーズ3rdアルバムの「心に笑みを」のサックスや、メジャーアルバムRoadmadeの「Ring」のサックスを吹いてくださっている方です。
※注2:LiveRally2002は、清水興さんのプロデュースです。もちろん、インディーズ1stアルバムのすべて、2ndアルバムの中の「桜」は清水さんがプロデュースしてくださっています。

続きを見る

社長コラム Vol.6 「清水興さんとコブクロとの出会い」(清水興さん著)

2002.06.03 掲載

俺の中学時代の先輩、坂田美之助さんから久々の電話があったのは99年の3月だった。先輩と言っても半端な先輩じゃなかった。 彼は当時俺が新入生として入部したバスケットボール部の副主将として君臨されていたスタープレイヤーだったのだ(マジで強いチームだった)。 基礎体力のアップという名目でこっぴどく、しごかれた経験は、今の俺を作ってくれている大きな要素のひとつとして、今となっては感謝している。

「お前の電話番号探すのに思いっきり苦労したわっ!」
電話の向うの声は中学時代となんら変わりの無いVIBEで俺の耳に飛び込んでくる。
続けて彼は街で見かけたどうしても気になる二人の事を話し出した。ここで俺が初めてコブクロの二人を知る事となる。 とにかく一度聴いて見ましょう、と言うことで松屋町にあるスタジオを2時間抑えて、そこで二人のパフォーマンスを披露してもらう事にした。

とにかく俺は彼らの生に触れたかったので、MDのRecスイッチを押して、彼らのオリジナルを唄ってもらう事にした。社長と俺の二人を前にして「桜」に始まり、「向かい風」にいたる12曲を一気に唄ってくれた。 ちなみにLiveRallyで披露した「忘れな傘」はこの時のMDを基にアレンジしたのだ。予想以上のポテンシャルを秘めた彼らと共に、スタジオを後にして近所のおでん屋で夕食を食いながら談笑する事にした。

「アカンのやったら、アカンって今ここでハッキリ言うたってくれっ!」
相変わらず社長は無駄な話が嫌いなようだった。
俺は率直に感じた彼らのいいところを三つ指摘した。
まず声がしっかり出ている事、POPSとして印象に残るべきハッキリしたメロディーを持っている事、そしてとてもポジティヴなメッセイジを持った詩が唄われている事だ。

俺の話を聞いて彼らの表情が少し穏やかになったような気がした。なんでもスタジオに入る前に社長から相当プレッシャーを掛けられていたようだったのだ。 そんな話を聞くに彼らがカナリの覚悟でスタジオに乗り込んできた事は容易に想像出来た。

「こいつらのCD作られへんかな?」
社長の提案があった頃には既に俺にはデビューアルバムのカラーがイメージ出来ていたのだった。
彼らのよさを前面に出すには彼ら二人そのものをフィーチャーするに越した事はない。その観点で彼らの音楽に更なるエネルギーを注ぎ込んでくれるプレイヤーとして迷わず中村岳が思い浮かんだ。 カホンとアコースティック・ギターの醸し出すリズムに乗って彼らのハーモニーが包み込む。限られた予算でも必ずいいものが出来る。俺は既に成功を確信していたのだった。

続きを見る